ゼツボー的にクリスマス!









クリスマス。街中が何となく浮かれ気分になり、イルミネーションで彩られた景色は見ているだけで楽しくなる。ここ、横浜新都心も街中が美しく彩られ、いつもと違う雰囲気にアルカディア学園に通うカケル達も、いつも以上に浮足立っていた。
「さあ、始めましょ♪」
アルカディア学園特別寮の寮母である奈々子の一言で、子供達からわあっと歓声が上がる。大きなモミの木が今年も届けられ、それに飾りつけをするのが恒例となっていた。
「うわあ、大きいね!病院のツリーも大きかったけど、こっちも負けない位大きいね!」
去年までのクリスマスを病院で過ごしてきたソウタが、飾り付けられていくツリーを見上げながら嬉しそうに言う。
「ゼツボー的にでけぇだろ!?毎年、父ちゃんが知り合いに頼んで送ってくれてるんだ!」
カケルの父親はテレビ局でプロデューサーをしている関係で、至る所に人脈がある。それを駆使して、毎年子供達が喜んでくれるようにと巨大なモミの木を寄付してくれていた。
それを聞いた俊介は、相変わらず親ばかだなと苦笑しながら見守っていた。つい先だってまで敵方に居たハルカも、今回からこの寮で暮らすことになり、交流を深めようと言う奈々子のアイディアでハルカも加わってにぎやかな作業が始まった。
「すごいですねえ、このオーナメント!大きいのがたくさんあります」
「ねー、凄いでしょ。これもカケルのお父さんが毎年たっくさん贈ってくれるの!全部飾り付けられないって言ったら、今年はもう一本送ってくれたんだよね」
「どこのツリーより、ここのツリーが最高やで!」
サトリとりんね、ミチノリが楽しそうに話しているのを聞いて、俊介はふと思い出した事があり場の雰囲気を壊さないように静かに一旦その場から離れた。


 俊介は部屋に戻ると整然と片付けられた戸棚から、一つの段ボール箱を取り出した。中身を確認すると、大切そうにそれを持ち出して再びみんなの所へと戻って行った。
人数の割にオーナメントの数が多いせいか、飾り付けはまだまだ終わらなそうだし飾る場所にも余裕がありそうだった。俊介の姿を真っ先に見つけたのは、やはりハルカだった。
「どこ行ってたのよ、俊介。まだ終わってないのに」
攻めるような口調ではなく、どことなく心配そうにしているその声にふとほほ笑むと、持って来たダンボールを差し出した。
「え?何これ?」
「どうしたの?」
ハルカと俊介の傍に、ソウタが走り寄って来た。二人に開けてみろ、と言うとソウタとハルカは不思議そうな顔をしながらその箱を開けてみる。
「うわあ、凄い!」
「何々?」
「どしたん?」
「あらまあ」
ハルカ達の歓声に、作業の手を止めて皆がこちらへとやって来た。段ボールの中身は、カケル達が見たこともないような本格的なイルミネーションと、オーナメントの数々が所狭しと収められていて皆の眼を輝かせた。
「もう飾ることもないと思ってたんだが、これだけ大きなツリーなら飾る場所があるだろうと思ってな。良かったら、使ってくれ」
「ゼツボー的にすっげえ!どうしたんだよ、これ?」
 もともと大きな目をさらに大きくさせて、カケルが食いついてくる。それに苦笑いで「昔、両親がプレゼントしてくれたものだ」と答える。
「そんな大切なもの、使っちゃっていいの?」
少し遠慮がちにソウタが尋ねて来るので、頭をポンと撫でながら頷く。
「使われないより、使ってもらった方が良いと思ってな。まだ使えるはずだ。確か、二回ほどしか使ってない筈だから」
何で?と聞こうとして俊介が幼い頃に両親を亡くしたという話を思い出して、ハルカは俯く。本当に、家族が居ないんだと思う。
「あら?なぁにこれ?」
珍しそうにりんねが取り出した、とあるパーツを見ると俊介が「ああ、それは組み立て式のツリーだ。結構でかかったの、覚えてる」と答えるとじゃあ、これも飾ろうよと言う話になり、全員で慣れない手つきで同封されていた説明書を見ながら組み立てていった。英語で書かれていたので、それを俊介に訳してもらいながらの作業だったので少々時間を要したが出来栄えを見て皆で喜んだ。
「えらい大きいなぁ。カケルの父ちゃんが贈ってくれたツリーと同じ位の大きさとちゃうん?」
ミチノリが見上げながら言う。並ばせると本物のツリーとなんら遜色のない、立派な木が出来上がっていた。
「凄いです!組み立て式なんて私、初めてです!」
サトリも嬉しそうに見上げながら、感嘆の声を漏らした。
「今年のクリスマスは、賑やかになるわね。当日は腕を振るうから、皆楽しみにしててね♪」
「そら楽しみやなぁ。奈々子さんの料理はいつもおいしいけど、特別なごちそうはもっと楽しみや」
「私も手伝いますね」
「ケーキも用意してくれるんでしょう、奈々子さん?」
わいわいと子供達に囲まれながら楽しそうに奈々子は、クリスマスの計画の一部を披露して子供達を更に喜ばせた。
飾り付けも終盤に差し掛かったころ、ソウタが段ボールの底に一通の封筒があるのに気付いた。
「兄さん、何か入ってたんだけど」
「え?ああ、ありがとう」
ソウタから手渡された封筒を受け取ると俊介は、そっと開けてみる。はらりと何かが落ちたので、ハルカが拾い上げてみてみた。
「なになに?」
興味津々と言った顔のカケルが覗き込んで来る。
「俊介、写真が・・・」
「写真?」
持ち主も知らない物だったらしく、きょとんとしながら受け取りそれを見てみた。
すると、そこには懐かしい今はもういない両親が写っていた。裏返してみると、『○○年クリスマス 撮影・俊介』と書いてある。覚えていないが、どうやら俊介が両親を写した写真のようだった。
「うわあ、綺麗な女性だね。この人、兄さんのお母さん?」
屈託なく話しかけてくるソウタに、照れくさそうにそうだと頷く。その隣には、豊と同じくらいの年齢の男性が写っている。その人が俊介の父親だと、聞かなくても理解した。
「あらあら、素敵な宝物が出て来たわね。一足早い、クリスマスプレゼントね」
 何時の間にか奈々子とカケルが覗き込んできていて、皆がそれに倣って俊介達を囲んでいた。初めはこれが鬱陶しかったはずなのに、いつの間にかそれを受け入れている自分が居る。
血の通った家族はいなくても、帰れる場所がある。それだけで、俊介は嬉しかった。
「俊介君ってお母様似ね。お母様、凄く綺麗な方だったんですねえ」
サトリがうっとりとしながら言うのに、どう答えていいのか解らず苦笑いを返した。照れくさいのでいい加減しまうぞ、と言って不満の声がする中強制的に封筒に収めて一息ついた。


 とりあえず、子供達はまたキラキラと輝くオーナメント飾りに夢中になり、写真の事は忘れてくれたようなのでそっと場を離れると部屋へ戻って行った。
部屋に入ると、先ほどの封筒をポケットから取り出して、大切そうに机の上に置こうとした時ふと、写真のほかにもう一枚何かが入っている事に気付いてそれを取り出してみた。

『俊介へ』

その封筒の中に更に封筒が入っていて、それの宛名に自分の名が書かれていてどきりとする。紛れもなくそれは、両親からのものだった。
ドキドキしながら封筒を開けると、綺麗なクリスマスカードが同封されておりそこには先ほどは両親だけの写真だったものに、まだ幼かった自分の姿も一緒に収められている所謂『家族』の写真が2〜3枚入っていた。
父と母、そして無邪気にカメラを持って笑っている自分の姿。
もう、10年以上前の記録。今はもう、創れない時間が確かにそこに刻まれていた。
クリスマスカードを開くと恐らくは母の字で『俊介、クリスマスおめでとう。あなたの笑顔が私達の宝物です。三人で、仲良く過ごしましょうね』『俊介、おめでとう。これからも、レースをしっかりやりなさい』と、これは父からの言葉だろうと言う事が解る。
・・・こんな字を書く人たちだったんだ。
まだちゃんと知らないまま逝ってしまった両親。知らず、心に出来ていた溝がこの写真とカードのおかげですうっと長年の寂しさを埋めてくれたような気がした。

『一足早い、ご両親からのプレゼントね』と言う、優しい奈々子の言葉が蘇る。

 両親を亡くして以来、育ての親の豊はいたがそれでも一人で過ごす事が多かったクリスマスが嫌いだった時期もあったけれど、今はそうではないと思う。賑やかな仲間達が傍に居てくれるから。
少しだけ、潤んで来た瞳をそっと拭うとぽつんと「父さん、母さんありがとう」と呟いてカードと写真を、額を買ってきて飾ろうと思った。


そうだ、今年はあの賑やかな連中に大きなクリスマスケーキを贈ろう。奈々子も用意すると言っていたがあの連中ならばケーキが幾つあっても大丈夫だろう。そして、今は隣に居てくれるハルカや豊、そしてソウタにも何か贈ろう。
自分でも柄にもない事を、とも思うけど『クリスマスだし』と思うと実行出来そうな気がした。


明日にでも、街に繰り出してみようかと一人計画を立てているとお茶が入ったと言ってハルカが呼びに来てくれた。
「もう、また一人でいなくなるんだから。何かあったの?」
置いて行かれたことに不満げにしているが、心配そうにしてくれるハルカに何でもない、と答えると俊介はほほ笑んだ。そして、二人はどちらともなく手を繋ぐと仲間達の待っている食堂へと楽しげに向かうのであった。